投稿

12月, 2017の投稿を表示しています

171222ー1225 Vina del Mar

イメージ
  バルパライソの近く、ビーニャデルマルの日本人宿、「汐見荘」にやってきました。ここは宿の予約をすることができず、行けばなんとかなるだろうと思える旅人しか集まりません。私たちもそのタイプ。到着した日に集まったのは、アラスカから走ってきたチャリダー、ヒッチハイクと野宿をしながら旅をするバックパッカー、ペルーの銀行に預けた利子だけで優雅な旅をする方、アコンカグアを目指して来られた還暦の方などなど。  行きたいところへすぐに飛んでいけるバックパッカー。遠く離れた国や地域を効率よく周ることができます。毎日の天候や道路状況をさほど心配することもなく、日本へ帰る飛行機代だけ残しておけばいつでも帰ることができます。少し羨ましくも思います。が、自分の行った場所を線で結び、それが地球をぐるっと一周させられるのは、実際に自分の体で走った者のみ。この旅に出るまでは、バイクの旅はバックパッカーより楽なのだろうと思っていましたが、実際はその反対。時間、体力、お金が余計にかかるバイク旅。自分の体で走らなければ、先へ進めず、逃げることができません。それでも、こちらのやり方の方が楽しいと思えます。  看護師、銀行マン、自衛隊、ボディビルトレーナー、教師。20代から60代まで様々な年齢層、職種の人が集まりました。やはり旅は楽しいものです。素敵な出会いをくれたサンタさんでした。 汐見荘ホームページアドレス http://shiomiso2-hotmail-co-jp1.webnode.jp

171217ー1222 Santiago de Chile

イメージ
動画鑑賞中  Casa Matteに戻ってきました。今は南米の「シーズン」なので、やはり多くのライダーさんが集まります。なかでも驚きだったのは、耳が聞こえない方で、アメリカからウシュアイアを目指して走って来られた方。私たちよりもはるかに危険が大きいにも関わらず…。バイク、ウェア、ヘルメット、全てが黄色でした。バイクの修理をよしさんが手伝ってあげ、無事に乗れるようになると、とても嬉しそうなKenさん。  他には、チリ人も危険だという国、ベネズエラからのライダーさん。自分たちのステッカーをライダーに売るというまさかの行動。きっとまだ「常識」が浸透していないのでしょう。  南アフリカとドミニカ共和国出身のご夫婦にも出会いました。この旅初のXR250。奥様はオフロードが大好きで、パタゴニアで転倒したことを楽しそうに話してくれました。  ライダーさんに会うと、早くバイクに乗りたくなってしまうので、次なる目的地、ビーニャデルマルの日本人宿へ向かうことにします。

171211-1216 Easter Island (Rapa Nui)

イメージ
正座したモアイ 横向きで削られるようです 右手前に残された巨大なモアイ 石切場、ラノ・ララク 岩に見える突起はモアイ像です 日本企業タダノが再建したモアイ像 その昔、奥に見える島まで鳥の卵を取りに行ったそう。 無事にとって帰ってこられた人が「鳥人」になったそうです。 石を重ねて造られた家 インカ文明とも関係があるらしい祭壇 道路に馬 空港にも馬 太陽光で電気をつくっているところが多かったです。 写真の小屋は国立公園の入場口 嬉しい出会い、アフリカツイン!!    地球の裏側にある絶海の孤島、イースター島にやってきました。かつて村々の祖先神、守り神として数多くのモアイ像が造られた島。ですが、モアイ像の大量生産や急激な人口増加による食糧危機で、村同士の間で戦いが起こり、破壊されたモアイも数多く。  周囲58kmの小さな島。そんな小さな島から奴隷として連れ去られた先住民。おかげで先住民の文字、「ロンゴロンゴ」は今では誰も解読できない文字になってしまったそう。自分たちの文字をもつほどの文明があった場所なのに…。  今は無料でインターネットが繋がり、高級リゾートホテルもあるイースター島。地上げされたのでしょう。ホテルから見えるはずの「オーシャンビュー」には抗議の声を上げる黒い旗が立てられていました。今も昔も変わらない「遠く離れた異国」からの入植。     島の物価は高く、国立公園の入場料は1人80 $。 キャンプ場は2人で36$。そこで冷蔵庫や洗濯機もそろう一軒家を借りることにしました。2人で47$です。350mlの缶ジュースは350円以上。食料はすべてサンティアゴから持ってきましたが、ここで暮らす人々の生活費を考えると…。それでも移住する人がいるようで、宿のオーナーはフランスからの移住者でした。  地元民が乗るバイクはほぼHONDA。私たちの旅の相棒もXR150でした。 CRFやXRが 所狭しと並べられた バイク屋さん。価格はCRF250で6000$。それでも、多い月で10台以上売れるとか。まさかまさかの「アフリカツイン」とも出会うことができました。絶海の孤島でも、待ち焦がれている人がいる

171211 Santiago de Chile 0km

ヨーロッパ動画をつくりました。 https://quik.gopro.com/v/IoiINmNI5m/ これまでの動画の見方 ①トップページ左上の「三本線」のマークをクリック ②「Category」をクリック ③「もっと見る」をクリック ④「MOVIE」をクリック ネット環境によっては動画が途中で止まってしまうことがあります。GOPROページに移動してから、「ダウンロード」をすると、きれいな画質のまま見ることができます。よろしくお願いします。

171208ー1211 Santiago de Chile 0km

イメージ
女性ライダー集合 アフリカツインの持ち主は、黒のシャツを着たコロンビア人! 宿の御主人、クリスチャン。 メキシコからの彼。こういうバイクでも南米を走れるようになりました。 1年3か月かけて北米、南米を走ったバイク こちらの女性がかの有名な日本人女性ライダー!  ハバナからコロンビアのボゴタを経由してチリのサンティアゴへ到着しました。トランジットで立ち寄ったボゴタの空港はもはやヨーロッパ。光り輝く免税店やお土産屋さんの数々。20年前と比べるとずいぶん変わったようです。南米を走ったライダーに聞くと、治安もだいぶよくなったそう。南米ステージに期待できます。  サンティアゴではライダーが集まる宿、「Casa Matte」へ。早朝宿へ到着し、ベルを鳴らすと、出てきてくれたのは日本人女性。2年間1人で南米をバイクで旅したそうです。いきなり強者との出会いです。しかもバイク旅に出る半年前に免許を取得し、日本でオフロードを走ったことがないまま南米へ。どこかの誰かさんと同じようなスタートです。中国製のバイクをチリで購入し、特に大きな問題もなく旅を終えられたそう。次は中央アジアを走ってみたいと語ってくれました。  その他にも1年以上かけて北米、南米をか走ったライダーさんが何人もやって来ました。南米は「沈没」の危険大のようです。

171123-1207 CUBA 0km

イメージ
 ドイツのハンブルグからチリのサンティアゴまでバイクを輸送する期間、バイクでは行きにくい場所へ行くことにしました。まずは南の島、キューバへ。ドイツからの飛行機のチケットを探すと、ケルンから1人180€という驚きの値段。行くしかありません。物価が安く、長居するにはもってこいの国です。ここは人も天気も陽気な国。クラシックカーが走り、ヨーロッパ風の街並が見られる場所です。  ハバナの空港に到着し、荷物を待つこと3時間。まさかの1人体制で荷物を仕分けていました。時間がかかるわけです…。20:30に到着した飛行機で、空港を出られたのは1:00頃。タクシーの運転手さんにホームステイ先まで案内していただきました。案内すれば任務完了のタクシー運転手さんですが、滞在先のお宅に電話してくれ、最後まで見届けてくれるおもてなし。ここでまずキューバの人の親切さに感動。深夜にも関わらず、快く迎えてくれた滞在先のMariaさん。すでにキューバが好きになってしまった私達でありました。  翌日、モロ要塞が見える海辺の公園にある、「支倉常長」像を拝むために旧市街まで歩くこと5kmほど。彼は400年前に初めてキューバに上陸した日本人です。伊達政宗の命で航海に出た慶長遣欧使節の一行。命がけの旅を終え、ようやくたどり着いた祖国で待っていたのは…。その後の彼の人生を思うと切なくなります。  キューバ革命の指導者として今でも人気があるエルネスト・チェ・ゲバラ氏。アルゼンチンに生まれた彼は、バイクで旅をしたこともあるそうです。親近感がわきますね。旅先のメキシコで、キューバから亡命していたフィデル・カストロ氏と出会い、キューバへの反攻作戦に参加することになります。   キューバに惚れ込んだ作家、アーネスト・ヘミングウェイ。彼が泊まっていたホテルやバーには、今でもたくさんの観光客が訪れます。現地ツアーガイドを伴った日本人とも出会いました。 「老人と海」の最後のシーン、支倉常長が帰国した時の状況。私たちが日本に帰ったら、もしかしたら同じような状況になるのやも…。そんなことを時々思い出しながら今日も旅を楽しむ私たちであります。   キューバはWi-Fiカードを購入し、Wi-Fiスポットを探してようやく